スイッチ版スカイリムにキッズは納得するのか

2018/2/28

 コンシューマで、スカイリムが次々と発売されていく。

 ついにSwitchにも出た訳である。

 まあ、まずはこの検索結果を見てほしい。
 検索ワード「スカイリム キャラクリ」

 まあ、美しいキャラが次々と出てくる。

 ちなみに、私のデータも最後にプレイしたときの画像だが、こんな感じである。

(※画面の左端付近に写っていたので、ちょっと像がゆがんでいるのは勘弁してほしい)

 ただし、これはプレイヤがたゆまぬ美への努力の結果勝ち得たMODモリモリプレイの結果であって、MOD導入ができない場合、このような顔にはならない。

 さて、次にこの検索結果を見てほしい。(検索ワード スカイリム コンシューマ)

 基本的にこのゲーム、バニラではどうあがいても、綺麗なオバさんが限界である。

 

 

 

続きを読む “スイッチ版スカイリムにキッズは納得するのか”

世界を救う夢半ば・エンディングまで・・・

2018/02/27

 世界を救った経験は何度くらいあるであろうか?

 覚えているだけでもかなりの回数である。

 星を食い物にするバケモノを、いくつもの時代を渡り歩いて倒したり、
 皇帝の位を何台も継承しながら、世界を救ったこともある。

 はたまた、王様に命じられて世界を救ったこともある。
 さらには、ドラゴンボーンとして声の力で、アルドゥインを飛べなくして英雄たちと一緒にタコ殴りにした事もある。

 300年に一度の死食の運命に抗い、アビスの敵を打ち破ったりもした。

 世界を救うつもりが、変な無限発電炉で選択肢を誤って滅ぼしちゃった事もある。

 学校生活を満喫したのちに、死の運命をつかさどるニクスと差し違えたりもした。

 核戦争からシェルターに避難したのだけど、冷凍睡眠中に息子を誘拐され・・・息子探しの旅に・・・なんて事もあった。

  続きを読む “世界を救う夢半ば・エンディングまで・・・”

死闘!デジタル教科書 VS ノートアプリ

2018/2/26

 実は・・・私は、相棒の熱心な視聴者である。
 毎回録画して見ておる。

 まあ、それはそうと、相棒に今回「デジタル教科書」についての官民癒着、贈収賄の話が出てきた訳である。

 私も、DiTT(一般社団法人デジタル教科書教材協議会)の会合に出たことがある。

 会員一覧を見てみると解ると思うのだが、それこそ教育業界に限らず、通信大手だったり、内田洋行のような教育分野の什器の最大手など、錚々たるメンバーが揃っている。

 一言で言って、まとまりにくそうだし、腰が重そうな組織である。

 さて、一方でノートアプリなるものもある。
 もちろん、完全にノートを代替する目的ではなく、共同学習であったり、生徒の意見を出しやすくする補助であったり、あるいはeポートフォリオ作成の手助けだったりというものである。

 有名どころでは、
 Evernote、ロイロノート、metamoji、ClassiNote(school takt)などである。

 色々見たなかで、個人的には、schooltakt推しである。
 話が逸れるが、schooltaktの開発会社、コードタクトの社長は、プログラマでありながらも、指揮者でもあり、ゲームタクトとかで、琉球フィルハーモニーと一緒に、ニーアオートマタとかの曲を指揮しちゃったりしているという活動の幅広さ&面白さが素敵である。

 

続きを読む “死闘!デジタル教科書 VS ノートアプリ”

Functionを関数って訳したヤツ出てこい

2018/2/25

 Functionを関数と訳した人は誰なのだろう。
 さて、数学を学んでいく上で、必ず出てくるのが「関数」である。

 「一次関数」「二次関数」「三角関数」「リーマンゼータ関数」等々、ここらへんで、数学が嫌いになる人々が多い。

 だがちょっと待ってほしい、この関数という言葉、実は適当な字なのである。
 本来はFunctionの中国語訳から、漢字を輸入した「函数」という言葉だというのである。

 「ハコ」「数」である。

 これは推測だがおそらく、二字熟語としての構成的には「数の函」ではないだろうか。

 イメージ的には「ハコの中に色々な処理ルールが入っていて、数字が出力されるハコ」という感じであろう。
 Function元来の意味は

 the actions and activities assigned to or required or expected of a person or group.

続きを読む “Functionを関数って訳したヤツ出てこい”

ぷろ★ぐら!

2018/02/24

 プログラミング教育が必修化される。

 ただ、プログラミング教育とは何なのか、というところが大切である。
 当たり前だが、小学校や中学校レベルで学ばせるためには、ScrachやマイクラEdu、Swift Play Groundsなどを使って学習する事となる。

 そんなのでプログラミングができるようになるのか!?と、疑問に思う者も多いかもしれないが、プログラミング教育であって「コーディング教育ではない」という点が大事である。

続きを読む “ぷろ★ぐら!”

ダンジョンキーパー3

 過去ログを消してしまったので、なんとも言えないのだが、私はこのサイトを運営する上で、1億回くらい「ダンジョンキーパー3を熱望する」と言い続けてきた。(※心の声を含む)

 昔から来てくれている方が居たらきっと、またDK3の話してるよ!って思うところであろう。

 さて、サイトを再開するにあたって書いた

War for the over lord」について触れなければならない。

 このゲームは、私のようにDK3を熱望し続けた人間が、出ない事に絶望して、ついに有志で集まってDK3を作ってしまったという、ある意味完全なる「精神的後継作品」と言えるものである。

 そもそも、DK3を求める我々は、幾度かの絶望を味わっている。
 たとえば「DUNGEONS」である。ビジュアルはまさにDKなのだが、そのゲーム性は全く違うものだった。

 単体で見れば良いゲームかもしれないが、DK3を求める我々にとっては違ったのである。

続きを読む “ダンジョンキーパー3”

アクティブラーニングという呪い

2018/2/22

 アクティブラーニングという言葉が、全国の教職員たちを苦しめている。
 先生というのは、だいたいが何か教えたい連中がなっているので、このアクティブラーニングというのは、彼らにとって非常に大きな難しさをはらんでいるのである。

 「教えるな」と言われるのである。

 「ティーチャではなく、ファシリテータになって生徒たちの、より深い学びを導け」と、言われるのである。

 教科指導の腕こそが教師の資質であると信じてやってきた彼らにとって、青天の霹靂ともいえるのが、今のアクティブラーニングを求める社会的な動きである。

 では、アクティブラーニングとは何か。これは実はとても難しい。

 グループワークをさせたら、アクティブラーニングか?というとそうではない。
 一人で何か学ばせるのはアクティブラーニングではないだろう?と問われても、必ずしもそうではないのである。

 しいて言うのなら「コンピュータって何?」で有名な、iPadのCM。あの少年は間違いなく、アクティブラーナーである。自らの好奇心に従い、知識を深めていっている。

 ただ、一つ言えることは、あのCMで彼が調べて、学び、理解していっている内容というのは、それぞれの要旨を理解している大人が文章にまとめれば、簡単に数ページに要約して書き記すことができるだろう。

 だが、そんなことで論じられない価値が、彼の行動にあることはだれでもわかるはずである。

 それこそが、アクティブラーニングの意味なのである。自らの力で勝ち得る知識の価値。それこそが大事なのだ。

 

 とはいえ、子供たちに色々自発的に考えさせるためには様々な工夫が必要なのである。

 

 たとえば、こんなのがアクティブラーニングで良いのである。
 

 夏目漱石の「こころ」の売り上げアップのための、煽り文句を考えよ。

 「裏切りは”愛”故に、死は”友情”故に」
 とか、格好良いであろう。だが、これが正しいかどうかはだれにもわからない。

 だが、ちょっと考えてみたくなるであろう?これがきっとアクティブラーニングである。

 早い話が極端に言えば「BOKETE」を教化知識を使ってやったらOKである。

 

 天の神様

 もっと軽く考えて、皆の心が軽くなりますよう父と子と聖霊の御名においてお祈り申し上げます。

 えいめん!

 

 

名前変遷と国語の変遷

 悪コライト → 不良スト → 大司狂 → 聖蝕者(イマココ!)

 オヤジギャグみたいな肩書から、強烈な中二病にクラスチェンジしてしまった。
 「千年に一度の聖蝕の日~ うんたらかんたら」みたいなストーリーを作れそうな肩書であるが、もちろん聖職者の職の字をネガティブイメージのものに変えただけである。

 さて…と、
 ここで少しまじめな話題を紹介したい。名前の変遷に触れたところから、変遷繋がりで「現代文」についてである。

 まずはこの問題を見てもらいたい
 大学入試改革対応型のモデル問題である。

 

 見ての通り、横書きの文章があるのだ。

続きを読む “名前変遷と国語の変遷”

いじめとセクハラオヤジ

2018/02/20

 のんこ21歳さんというVNIの方が、私の復活をとりあげてくれた。とてもありがとう。
 ていうかまだ、VNIの人が残っていた事に驚きを禁じ得ない。素敵である。

 ああ、こうしてVNI同士でハイパーリンクの回しあいをする事に限りない懐かしさを感じる。

 

 さて・・・
 そろそろ卒業、新入学のシーズンである。

 そしてまた、4月に新しい学校生活が始まる次期になり、夏休みごろに差し掛かると毎年繰り返されるのが「いじめ」を苦にした自殺などの話である。

 いじめの話題になった時、こんなことを言うヤツが稀におる。「いじめられる側にも問題がある。空気を読まない言動だったりうんたらかんたら」

 というものである。

 まあ、色々、意見はあると思うのだが、その理屈はセクハラオヤジと同じである
 とにかく、「いじめられる側にも問題がある」という意見を言うヤツにあったら

 「あ、〇〇さん、それってキモいセクハラオヤジと同じ理屈ですよ」と言ってやる必要がある。

続きを読む “いじめとセクハラオヤジ”

MMORPGのジレンマ guards! bank! vender buy!

2018/2/19

唐突だが・・・MMORPGの人気がない。

だが反面、SAOは非常人気がある作品であるし、一時期、流行り病のように蔓延し、今もまだ勢い衰えぬ「なろう小説」というヤツは、世界観的にMMORPGのようなファンタジー系のものが多く見受けられる。

つまり、世間的にはみな、MMORPGの世界観にあこがれ、人々がそれぞれのロールをもってゲームの社会を成り立たせているというものに憧れているのである。

であるというのに、次々と老舗MMORPGが閉店してっている現実があるのである。

そして、生き残っているMMORPGも次々と、ソロプレイできるバランス調整を行ったり、あるいはMO的なマッチングによるインスタンスダンジョン攻略によってパーティプレイを支えるという方向に行っている。

それこそ、出かけた先の洞窟で、延々と骨を殴っていたら、青い髪をしたヘンテコなアコライトと仲良くなって・・・といくような出会いや物語は生まれないゲームになっているのである。個人的には寂しい限りである。

だが、創作物を見る限り、そういう出会いや、物語を人々は求めている。

続きを読む “MMORPGのジレンマ guards! bank! vender buy!”