いじめとセクハラオヤジ

2018/02/20

 のんこ21歳さんというVNIの方が、私の復活をとりあげてくれた。とてもありがとう。
 ていうかまだ、VNIの人が残っていた事に驚きを禁じ得ない。素敵である。

 ああ、こうしてVNI同士でハイパーリンクの回しあいをする事に限りない懐かしさを感じる。

 

 さて・・・
 そろそろ卒業、新入学のシーズンである。

 そしてまた、4月に新しい学校生活が始まる次期になり、夏休みごろに差し掛かると毎年繰り返されるのが「いじめ」を苦にした自殺などの話である。

 いじめの話題になった時、こんなことを言うヤツが稀におる。「いじめられる側にも問題がある。空気を読まない言動だったりうんたらかんたら」

 というものである。

 まあ、色々、意見はあると思うのだが、その理屈はセクハラオヤジと同じである
 とにかく、「いじめられる側にも問題がある」という意見を言うヤツにあったら

 「あ、〇〇さん、それってキモいセクハラオヤジと同じ理屈ですよ」と言ってやる必要がある。

 さて、どういう事なのか、説明が必要であろう。
 以下の比較を見てもらえばわかると思う。

 「セクハラされる側にも問題がある。誘っているように見えた
 「いじめられる側にも問題がある。挑発しているように見えた。」
 そいつの思い込みである。

 「俺相手に色目をつかってきたから!ムラついた」
 「こっちをチラチラ見ててムカついた」
 ムラついたりムカついたりしたからと言って、害を加える理由にはならない。

 「そんな、ぷるぷるたゆんたゆんのおっぱいぶら下げて、ムラつかせてきて、我慢しろというのが無理
 「いつも空気を読まない言動でムカつかせてきて、我慢しろというのが無理」
 同じく、おっぱいも空気を読まない言動も、害を加える理由にはならない。
 空気読まない言動も、発達の偏りとかで仕方ないケースもあるし、おっぱいも発育の偏りで仕方がない。
 そして、いずれも悪意があって、ムラつかせたり、ムカつかせたりする為にしているのではない。

 「おっぱいを触っても抵抗しなかったからエスカレートした」
 「殴っても抵抗しなかったからエスカレートした」
 いやだと言えずおびえているだけなのを勘違いしているだけ。キモい。

 

 と、言うわけで、実は「いじめられる側にも問題がある」という理屈は「セクハラオヤジの言い訳」と同じ傾向にあるのである。これはとても重要なのでよく覚えておくとよいだろう。

 世の中に、「いじめられる側が悪い理論」=「セクハラオヤジの言い訳」という認識を広めていければ、いじめに対して、そんな理屈を言うのは恥ずかしくなっていくはずである。さあ、どんどんセクハラオヤジ認定をしてやろう。

 たとえ、ムカつこうが、挑発されようが、おっぱいが目の前にあろうが、9割9分の一般人は、手を出さないのである。のこりの一部の異常な人間。それは、ムカついたり、ムラついたりした事について、他社を理由にして、その他者への権利侵害を正当化しようとするヤツである。

 冷静に自らを見直してもらう為にも、セクハラオヤジの烙印をつぎつぎと押して行ってやる必要があるであろう。

 

 天の神様

 もうじき春休みがやってきます。長い休み明けには、学校に行くのを悲観して死を選ぶものがおります。
 そうした人々が少しでも減りますよう

 父と子と聖霊の御名においてお祈り申し上げます。

 

 えいめん!

 

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