ビリー兄貴に冥福を

2018/3/5

 本日のトップニュースであった。
 ビリー兄貴の名で皆に親しまれていた、ビリー・ヘリントン氏が交通事故により逝去された。謹んでご冥福をお祈りしたい。

 氏はニコニコ動画の黎明期において、知らぬものなど居ないレベルの人気を誇っていた。
 ガチムチパンツレスリングを「ネタ」として楽しむニコニコの民に対して、怒るどころかむしろ、それにノって、来日した事まであったのは記憶に新しい。

 交通事故死との事で、痛ましい限りである。

 

 

 思えば、ゲイビデオをある種のネタとして楽しむ姿勢は、現代における淫夢民の走りと言えるかもしれない。
 氏がインターネット上の文化に与えた功績は計り知れないものである。

 バイセクシャルでもあった氏の言葉とされるもので「ゲイだろうが、ストレートだろうが、男とか女とか関係ない」という言葉がある。

 これは実はとても重要な事である。

 現在、教育業界において割と注目されている要素。それが「インクルーシブ教育」である。
 これは、障害だとかLGBTだとか、今まで差別され、区別されてきたものを包括的に扱う「共生」の考え方である。

 障害については、制度面での支援など、少し複雑なので、別の日に話すとして・・・特に近年、LGBTに関する教育に関しては、非常に活発なものがある。

 ストレートでも、レズビアンでもゲイでも、トランスセクシャルでも、「良いんだよ」というメッセージを送る教育活動である。

 厳格な方は、異性愛者以外は異常者だとか思うかもしれないが、そうではないのが人間の高尚さではなかろうか。
 高度に発達した人間の精神において「愛」という感情は「生殖本能から独立」する事に成功したと言えるのではないだろうか。

 種の存続や、自らの遺伝子の存続。そんな、動物じみた本能から、高尚な愛のみが抽出されたものと言えるのではないだろうか。

 ああ、アガペーやフィリアに、より近い何かだ。

 そんなわけで、最近は子供たちが悩まないように、「実は同性のが好きっていうのも、世の中的には普通にあるので、心配しないでいいんだよ。自分の気持ちは移ろいやすいものだし、そんなに思いつめずに、じっくり自らの心の成り行きを見守っていこうね。」的メッセージを、学校が発しているのである。

 そういう意味で氏の言葉「ゲイだろうが、ストレートだろうが、男とか女とか関係ない」の重みを、改めて感じるのである。自らが、バイセクシャルという立場にあるからこそ、言葉の重みが感じられる。

 氏の、ガチムチパンツレスリングは非常に美しい映像作品でもあるあの。
 ぜひ、氏を偲んで、検索して視聴してみてもらいたいものである。野獣と化した先輩なんかとは一線を画する、ある種の美学を感じる作品である。

 

 天の神様

 偉大な男性がそちらに旅立ちました。
 インターネットの世界に一時代を気づいた彼に、冥福のあらんことを…父と子と聖霊の御名においてお祈り申し上げます。

 えいめん!

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