セクハラ罪

2018/05/08

 #with you
 1998年9月11日にカクテル・ソフトより発売された恋愛アドベンチャーゲームについて語るハッシュタグ。メインヒロイン2人しかいない(しかも一方の声が野原みさえと一緒)割りに、攻略対象外のサブキャラや妹が圧倒的人気を誇る事について語りつくしたい人たちがたくさんいる模様。

 #with you
 乃絵美ちゃん可愛すぎ。

 とか

 #with you
 どっちつかずの選択肢選んでたら途中でぼっちエンドになった!

 みたいな使い方をするらしい。

 ではないらしい。 
 なんか、デモしてるオバちゃんたちが持ってるプラカードに書いてあった。
 セクハラ被害者に寄り添うハッシュタグらしい。便利な世の中である。

 福田次官の辞任に関する問題で、セクハラ罪という罪はないという麻生大臣の言葉に、各所が過剰反応している。

 毎日の社説

 極左で有名な中日新聞東京版の社説

 

 そもそも、セクハラ罪という罪は無いという言葉は「罪刑法定主義」を掲げる我が国にとって、自明の真理であり、この言葉を否定する事は何人たりともできはしない。無いもんは無い。

 セクハラは許しがたい蛮行であるが、セクハラ憎しの感情と、高級官僚の待遇への嫉妬と、他人の不幸は蜜の味みたいな感情がないまぜになった「国民感情」で誰かをさばいてしまっては、それこそ「法治主義」ではなく「人治主義」であり、「デマゴギー」である

 

 であるから、セクハラを働いた際にその人の処分を決めるのは、働いているところに、就業規則であったり、組織の賞罰のルールである。財務省のルールがどうだったかは分からないが、懲戒となる前に、辞任をしたという事がややこしさを増しているとも言える。

 もちろん、それが刑事事件となれば、強制わいせつなり、強要罪なりといったものになる訳である。もちろん、刑事事件を起こせば、勤めている組織からの懲戒は免れない。

 

 特に今回のケースは、刑事事件として事件化されていない。
 この状況下で、大臣サイドが「犯罪であるかのように扱う」ということは「司法権の独立を脅かす発言となりかねない」

 だからこそ、セクハラ罪という罪は無いのである。
 どれほど、怒りに沸いた国民たちが、福田次官を性犯罪者扱いしようとも、それを肯定するという事は、司法判断に立ち入る事である。

 そうするとやっぱり、セクハラは悪いことだけど、セクハラ罪という罪は無い。という事になるのである。

 ちなみに、毎日新聞の社説で「しかも刑法だけが社会の規範ではない。倫理観やマナー等々もそれに含まれる。」なんていう一文がある。

 新聞という社会的責任がある紙面が、こんな事書いてはいけないであろう。
 倫理やマナーで人を裁くなんて、魔女裁判の世界である。セイレムで最後にしておこう。魔女裁判は。

 

 いずれにせよ、セクハラはいけないことだし、女性にあんな発言するオッサンが居る事自体が衝撃でもある。ただ、それがセクハラ憎しの感情と、高級官僚の待遇への嫉妬と、他人の不幸は蜜の味みたいな感情がないまぜになった「国民感情」と、そこに乗っかって、安倍憎し、麻生憎しで政権バッシングをしたいマスメディアが、人を裁いて良い理由にはならない。それは私刑である。

 

 いま、どこのメディアもそんな感情を利用した、デマゴーグスとなっている。
 福田次官がもらう予定の退職金額をでかでかと出しながら、もらえることを非難するとか下品すぎる。安かろうが高かろうが、どうでも良いのである。

 嫉妬心をあおって、だれかをこき下ろす報道をしつづけて、その先に何かジャーナリズムの目指す正しい未来があるのか、謎である。

 

 天の神様
 may the god be #with you

 父と子と聖霊の御名においてお祈り申し上げます。

 えいめん!