・王者の剣

 

 一人の男がいた。
 男の名はサーゲイル。プロンテラを拠点として冒険を生業としている騎士であった。

 剣こそが最強の武器。騎士がつかうべきは剣と彼は信じ、仲間たちが硬き装備に身を固めて槍で戦う中、彼だけは軽装で素早い剣技を駆使した戦いを得意としていた。

 と、言えば聞こえは良いかもしれないが、実際には彼のポリシーというものは彼自身の夢を阻害する以外、何もしてくれなかった。つまり、彼は騎士としてはとても低く見られていた。

 ある日、彼はプロンテラの南に集う冒険者たちとともに、グラストヘイムへと狩りへ出かけた。即席の臨時パーティである。仲間はウィザードが一人と、プリーストが一人。そしてハンターが一人である。

 彼らはグラストヘイムの屈強な化け物を相手にしても一歩もひるまなかった。

 サーゲイルが勇敢に敵へと向かい剣を振り上げる。渾身の気合を込めた掛け声とともに、剣に力を込め、迅雷の如くに素早く両手剣を振るうその姿は、さながら戦神の如く。

 サーゲイルは有頂天になっていた。

 彼が目の前のレイドリックに素早く初太刀を浴びせる。ゴンと鈍い音ともに、勝利を思わせる確かな手ごたえが手に伝わってくる。あと数発。そう思って彼は目にもとまらぬ素早さでさらに剣を振るう。

 刃が触れるか触れないかと言うそのとき、突然に背後から冷たい風が吹き、レイドリックは何度かその風に吹き飛ばされて凍結した。

 仲間のウィザードがストームガストを唱えたのだ。

 サーゲイルは凍っているレイドリックに素早く駆け寄ってトドメの一撃を入れようと剣に力を込める。そのとき、ヒュンと空気を切り裂く音ともに、二本の矢が彼の横を駆け抜け、レイドリックへと吸い込まれていった。

 激しい衝撃音とともに崩れ落ちるレイドリック。

 鎧が地面をたたき、その空虚な鎧の中心で核をなしていた魔石たるブリガンが地面へと落ちる。

 サーゲイルは少し寂しげにそれを拾い上げた。

 そのとき、通路の奥から激しい衝撃音と足音を響かせてレイドリックの大群がこちらに向かってきた。とっさに剣を構え、その大音響の主へと向かって身構えるサーゲイル。だが、そのレイドリックの大群の先頭に居るのは仲間のプリーストだった。

 小刻みにヒールを連発しながら、何匹ものレイドリックを抱え込んでいる。

 「大丈夫だから・・・」

 そう、プリーストの声が聞こえた気がしたが、サーゲイルはそのレイドリックの集団に向かって駆け出し、渾身の力を込めた一撃を叩き込んでいた。先頭の一匹に気合一閃叩き込んだ剣気が雷の如くにひらめいて、後方のレイドリックへと連鎖していく。

 レイドリックの大群はのけぞりながらも、兜の奥の闇でサーゲイルを睨み付ける。
 「危ない」

 ヒールが飛んできたときにはすでに手遅れだった。

 一対一ならば避けるのは簡単だ。だが、この大群では・・・。気がついたとき、剣が腹にめり込んでいた。もんどりうって倒れたところに次々と浴びせられる圧倒的な数の暴力。

 サーゲイルは一瞬のうちに動くこともままならないまま地面へと倒れこんだ。

 口の中に鉄の味がひろがっていく。

 目の前を駆け抜けるレイドリックの足並み。
 ヒールの声。

 多数に殴られてもびくともしないプリースト。

 冷たい空気とともに一気に凍結するレイドリックたち。

 飛来する鋭い矢。

 そして、いっせいに崩れ落ちるレイドリック。

 サーゲイルの目から涙がこぼれた。

 「リザレクション」
 面倒くさそうに詠唱を済ませて、プリーストがサーゲイルを立ち上がらせた。まだ、全身があちこち痛む。

 プリーストは不服そうに、盾になれないなら前に出るなと言った。

 ならば自分は何をすれば良いのだ?

 サーゲイルは剣を持ったまま問うた。
 ウィザードは、サーゲイルを汚いものでも見下すような目で見ながら淡々と言う。

 自分が敵にストームガストをするので、お前はプロボックで氷結したレイドリックを割ってくれ、と。

 サーゲイルは肩を落として頷いた。

 自分はこんな事がしたくて騎士になったのだろうか。
 前線で多数の敵をかかえても、ビクともしないプリースト。剣などよりも細いくせに、圧倒的な威力で敵を倒す矢。あっという間に敵を動けなくするウィザードの魔法。

 見ていたら目の奥から熱いものがこみ上げてきた。
 そっと剣を握り締める。俺はずっとお前とやってきたのだから・・・これからだって。自分は騎士なんだ。騎士たるものがこんなことをしているなんて・・・。

 そうしている間に、またプリーストがつれてきたレイドリックの大群に再びストームガストが叩き込まれる。

 サーゲイルは剣を握り締め、唇をかみ締めて地面を見つめていた。

 崩れ落ちたレイドリックの破片。
 おまえたちは勇敢な騎士なのだ・・・。どうせ魔物といえども、おまえ達が剣を持って挑んでくるならば、私は剣をもってそれに受けてたち、剣によっておまえたちを救いたい。

 サーゲイルは心からそう思った。

 「何してるんだ?やる気あんのか?」

 ウィザードの断罪的な口調。
 目の前で凍りついたレイドリックたち。

 ウィザードもハンターもプリーストも、プロボックをしっかりしろと言う。だが、彼にはできなかった。プロボックならば覚えているし使うこともある。

 だが、これは違う。

 こんな使い方は違う。

 サーゲイルはウィザードをにらみつけた。
 こんなヤツに指示されたくない。こんなヤツの命令に負けたくない。そんな思いが彼を反抗的にした。

 「断る!」
 心の中でくすぶっていた言葉を、サーゲイルは思いっきり叩きつけた。

 最低。

 自分の役目を考えろ。

 あ〜あ、ハズレ引いた。

 戻って清算します?

 次々と浴びせられる冷酷な言葉。その言葉に、心まで凍り付いてサーゲイルは立ち尽くしていた。

 ワープポータルに消えていく仮初の仲間たち。
 ウィザードとハンターがそこに消えた。プリーストが彼をせかす。

 だが、黙っていた。おまえたちのような下賎の者と聞く口など持たぬ。そう思ってプリーストをにらみつける。

 そうするとプリーストは侮蔑のまなざしで彼を一度貫いてから、ポータルへと消えていった。誰も居なくなったダンジョンの暗がりの中でサーゲイルは膝をついた。

 石造りの床に、ぽたりと透明なしずくが落ちた。汗ではない。彼の目から涙が流れていた。

 自分が情けなかったし、泣くことしかできない自分も情けなかった。もっと、戦えるならば。こんなバカにされることも無いのに。騎士こそが最前線で戦う戦場の花形だと信じていた。だが、そんな信念は戦いの現実を見るたびに揺らいでいく。

 ただ、力が欲しい。勝利が欲しい。

 サーゲイルは力いっぱい床をたたきつけると、剣を手に立ち上がった。
 自分は強い。この剣を信じるのだ。

 そう思い、彼はグラストヘイムをさ迷う。

 騎士団を出て、修道院へとやってきたとき、一人のプリーストの少女がミミックに絡まれているのを見つけた。武器すら持たぬプリーストはミミックの攻撃に甘んじながら反撃すらせずに、ただひたすらヒールを繰り返していた。

 どうやら仲間が居る様子も無い。

 サーゲイルは剣を握り締めて躍り出た。

 「下がって!お嬢さん!」

 自慢の武器でのバッシュが一閃。ミミックは前後不覚に陥ってその動きを止めた。そして、サーゲイルは再び気合の掛け声とともに剣に力を込め、目にもとまらぬ速さで剣を振るう。

 数秒と持たずに砕け散るミミック。サーゲイルは得意げに少女を見上げた。

 「大丈夫ですか?」

 「あの〜・・・スティールしてたんですけど・・・別にこの程度痛くないし」

 少女は平然と言った。
 責めるような目が、どんな魔物の攻撃よりも辛く彼の身に突き刺さる。

 サーゲイルは顔を真っ赤にして謝罪し、逃げるようにその場を立ち去った。

 そして、プロンテラへと戻ると、酒場で浴びるほど酒を飲んだ。
 何もかも忘れてしまいたかった。願わくば、この自らのポリシーすらも酒で流してしまいたかった。

***

 

 数日後、サーゲイルは戦いにも出ずに自室で腐っていた。壁に立てかけた自分の剣をじっと見詰めたまま、彼は部屋から出ようともしなかった。

 そんな折、彼の部屋の戸を叩くものがあった。昔から見知った仲間たちである。
 彼がひそかに想いを寄せているウィザードの少女、ロナと、昔からの親友であるプリーストの男、ガーラント。彼らはサーゲイルを冒険へと誘いにやってきたのである。

 目的地は再びグラストヘイム。

 サーゲイルは剣を手に取った。自分にはこうして誘いに来てくれる仲間がいる。今度こそ、きっと大丈夫。

 そして三人はグラストヘイムへと向かった。

 戦場で、数匹のレイドリックを始末したところで、ロナが子供じみた動きで手を上げて提案する。役割分担をしよう。

 サーゲイルは、自分の心臓がズキリと収縮するのが解った。

 ガーラントがレイドリックの攻撃を引き受ける盾となり、ロナがストームガストで攻撃をする。

 そして、サーゲイルはプロボックで氷を割りつつ、ロナを狙おうとする敵を引き受ける。それが役割だった。

 幾分かはマシである。プロボックはあまり好きではないが、惚れた女を守るというのは悪くない。

 サーゲイルは意気込んだ。
 運良く、なのかそれとも運悪くなのか、ロナが敵に狙われる機会も多く、そのたびサーゲイルは攻撃をしてロナを守り抜いた。

 それは彼の中で、やせ細って消えかけていた誇りという火に、再び強い力を与えてくれた。

 サーゲイルは嫌いなプロボックの仕事もすっかりこなせるようになった。ロナが凍らせ、自分が割る。そんな共同作業に、ある種の連帯感を一方的に感じていたのかもしれない。

 自分は今、ロナとともに一連の作業を二人で呼吸を合わせてやっている。自分こそがロナにふさわしい攻撃のパートナーなのだと彼は思っていた。

 そんな調子に乗っていたとき、柱の影に黒い巨体が現れる。

 巨大で禍禍しい鎧姿。ブラッディナイトである。
 ガーラントは、安定的に戦うためにもあれは無視しようと言いかけたが、サーゲイルはすでに飛び掛っていた。

 レイドリック多数は辛いが、一対一なら絶大な自信がある。自分の剣技が優れていることをロナに見せてやる!そう思い、サーゲイルは切りかかる。

 鎧の下の禍禍しい眼光にサーゲイルは総毛立った。久々に感じる充実感。強いものと刃を合わせる喜び。サーゲイルはすっかり有頂天になっていた。

 その一瞬のスキが命取りだった。

 ブラッディナイトの剣が閃き、避け損ねたサーゲイルの横っ腹へとめり込む。世界がスローモーションで流れ、傾いていく。吹き飛ばされていく中で、サーゲイルは世界ではなく、自分が斜めになっていることにやっと気が付いた。

 ヒールすらも間に合わない。彼は、一撃でもはや行動不能になっていた。

 ロナを睨み付けるブラッディナイト。

 逃げろ!叫ぼうとしても横隔膜が痛みで萎縮して声が出なかった。

 ガーラントがロナの前にたちはだかってブラッディナイトを叩きつける。
 その禍禍しい目がギロリとガーラントをとらえる。

 「来いよ騎士さんよぉ。俺は硬ぇぜ」

 ガーラントはブラッディナイトの攻撃を耐えていた。
 ヒールと、ロナの放つセーフティウォールのたまものである。とはいえ、攻撃手段はほぼ皆無。

 そのとき、近くを通りかかったパーティにガーラントは助けを求めた。

 槍をもった騎士が近づき、力強い攻撃を連発する。彼はブラッディナイトに殴られてもびくともせずに、その攻撃を受けきっていた。

 自分が一撃で動けなくされてしまった攻撃を、軽々と受けきって、そして槍を突き立てる。

 その最中にガーラントがサーゲイルにリザレクションをかけてくれた。
 そして、槍を携えた騎士たちがブラディナイトを倒す。

 彼らは去り際に一言言った。両手剣で前衛は辛いんじゃないかな・・・。

 サーゲイルは剣を持ったまま立ち尽くしていた。
 結局自分は調子に乗ってロナを危険にさらしてしまっただけなのだ。情けなさで消えてなくなりたいほどだった。

 勝ちたい。勝利が欲しい。この敗北にまみれた生活から脱却したい。

 サーゲイルは強く拳を握り締める。
 強くかみ締めた口の中に鉄の味がひろがる。幾度となく敗北のたびに味わってきた味と匂い。

 無茶するなよ?サーゲイル。

 優しい仲間の言葉が、より深く心をえぐる。大切な仲間すら危険な目に遭わせてしまう自分の無力が情けなかった。

 サーゲイルは二人に謝って、走ってその場を去った。
 合わせる顔が無かった。彼は走りながらボロボロと涙を流し、騎士団の建物の外へと出た。

 涙でぬれた彼など、まったく知らぬと言うように煌いて笑っている太陽と、青々と晴れた空。それを睨みつけて、天へと向かって吼える。

 どうして自分はこんな目に遭わなければならないのだ。
 勝利が欲しい。負けない力が欲しい。

 自分をバカにしたものたちを見返す力が欲しい。

 敗北はもうイヤだ。

 力を、俺に力をください!神様!

 悲痛な叫び声が天へとこだました。

***

 「クスクスクス」

 そんな笑い声がしてサーゲイルは辺りを見回した。
 騎士団の建物の上に、人が座っていた。フードのついた黒いローブを身につけた人物。その笑い声から、まだ若い女だとわかった。

 彼女はサーゲイルを見てクスクスと少女のように無邪気に笑っていた。

 サーゲイルはその女を睨み付けた。

 女もサーゲイルを睨み返す。

 「力が欲しいのか?」

 女は軽々とその場から飛び降りて、サーゲイルの前へと着地した。
 ふわりとローブの中で揺れた髪から、ヘリオトロープのほのかな香りが漂う。その黒尽くめの服装とは似合わぬ優しい香りに、サーゲイルは動揺して顔を赤らめた。

 「力が欲しい?勝利が欲しいのだな?」

 ローブの奥で緑色の瞳が光った。
 サーゲイルは訳もわからず頷く。

 クスクスクス。

 木々の揺れるような笑い声。

 女は恭しく頭を下げた。
 「私はプロンテラ教区、特別異端審問官。不幸な貴方に幸せをお招きいたしましょう。あなたの願い、叶えて差し上げます」

 妙に丁寧な芝居がかった口調で言い、胡散臭く女は笑った。そしてサーゲイルを手招きする。

 グラストヘイムの北のすみへと、女に連れられてサーゲイルは辿り着いた。
 岩に突き立てられた大剣。

 時間の流れから忘れられたように朽ちかけた大剣がそこにあった。

 「これなるは王者の剣。カリブルヌス。王者とは勝者。王者とは不敗なるもの。汝、勝利を望むか?」

 底冷えのするほど冷淡な女の声。

 先ほど、ブラッディナイトと向き合ったときとは違う震えが体を走り、全身の毛穴と言う毛穴が開いていくのが感じられた。

 サーゲイルは一瞬の躊躇の後、迷いを振り払うように勢い良く首を横に振るった。

 「欲しい。俺は勝利が欲しい」

 「ならば、汝。この剣を抜くが良い。さすれば汝こそが王者。王者の道は勝利の道。勝利こそ王者にふさわしき王冠。ならば勝利は汝が為に約されるであろう。不敗の王としてこの地に勇名を馳せよ」

 サーゲイルは剣へと手をかけた。

 手に吸い付くような感覚。
 剣は何の抵抗もなく岩から離れた。

 「これが・・・カリブルヌス」

 「さて・・・これにて、貴方の願いは聞き入れた。では、あとは好きにするがいい」

 先ほどまでの鷹揚な口調とは打って変わって、女は胡散臭くクスクスと笑うとその場を立ち去ってしまった。

 不気味に輝く刃を手に、サーゲイルは首をかしげた。これが、王者の剣なのか?
 ひょっとして自分はだまされたのかも知れぬ。

 からかわれたのかもしれぬ。

 そう思いつつも、大事そうに剣を持ってその場を後にした。

***

 それから数日後である。
 サーゲイルは臨時のパーティでニブルヘイムに立っていた。

 ここに来るのは初めてである。そして、その手には同じく初陣となるカリブルヌス。

 だが、到着してすぐに一行は危機に見舞われていた。

 ニブルヘイムの村の不気味な生物の鳴き声に紛れて、その蹄の音はゆっくりと誇らしげに聞こえてきた。

 死をつかさどる領主。

 白馬にまたがり、白銀の甲冑を身にまとい、幾千もの命なき配下を従えた彼はパーティをにらみつけていた。

 ロード・オブ・デス。

 睨まれただけで、歯の根の合わなくなるほどの恐怖に見舞われる。
 たとえ大木であっても、その根を足へと変えて走り去るのではないかと思えるほどの恐怖だった。

 サーゲイルはカリブルヌスを構えた。
 仲間達もどよめきつつも、覚悟を決めて攻撃態勢を整える。

 「うぉおおおお!」

 サーゲイルは気合とともに走り出した。
 押し寄せるアンデッドたちにボウリングバッシュを打ち放つ。一瞬で崩れていく命なき兵士たち。目の前に、ロードオブデスへの血路が開けた。

 睨み付けて、大きく飛び上がるサーゲイル。

 渾身の力で切りかかる。幾度か切り結び、地面へと着地するサーゲイル。

 そのとき、ランスが叩きつけられ、彼は地面へと尻餅をついた。
 目の前にせまる追撃のランス。

 もうだめだ。そう思い、やけくそでカリブルヌスを振るう。こんなものを信じたばかりに・・・。

 キンと冷たい音がして、ロード・オブ・デスのランスが地面へと突き刺さった。

 どうやら弾いたらしい。だが、幸運な事にそのランスが地面から抜けない。ロードオブデスは幾度かランスを引いた。だが、それでもランスは、まるで大地に根をはったかのように抜けない。

 「今だ!」

 仲間の声で我にかえって斬りかかるサーゲイル。
 首や胸に、幾度かの致命的な斬撃を加えた後、ロードオブデスは炎に包まれて馬の嘶きとともに闇へと消えていった。

 仲間たちから大歓声が上がる。

 すげぇぞサーゲイル!

 カリブルヌスが不気味に、一度煌いた。

 サーゲイルは一躍有名になっていた。
 プロンテラに帰ると彼は英雄として出迎えられた。酒場に行けば彼の名を呼び客たちが乾杯をしてくれた。

 彼の生活は、その日を境に一気に変わっていった。

 彼に勝って名をあげようと戦いを挑む者もあった。
 挑まれた彼は、その対戦を受け入れた。

 異変はその時から始まった。

 一対一の剣技ならば負けるはずはない。カリブルヌスを振るって、彼は圧倒的な強さを見せつけた。挑んできた騎士の男は数回の攻撃で地面へと打ち倒された。

 「ま、参った・・・あんた本物だ」

 そう言った相手に歩み寄ろうとしたとき、カリブルヌスが不気味に輝いた。
 地面に落ちていた石ころ。サーゲイルはそれに足をとられる。体制を崩すサーゲイル。その手には不気味に輝くカリブルヌス。

 地面に倒れた騎士の首に剣が突き立てられた。

 あふれる血しぶき、転がる首。人々の悲鳴が聞こえた。

 返り血を浴びてサーゲイルは立ち上がる。
 彼の戦いを見にきていた観衆を振り返ると、その中にいつか彼を蔑んだ臨時パーティのウィザードの姿があった。

 いつか、負けたくないと思ったウィザードの姿。

 観衆はサーゲイルに睨まれたと思い、どよめき悲鳴とともに逃げ出す者もあった。

 「あ、あんた・・・やりすぎだぞ!そいつはもう、降参していたじゃないか」

 あのウィザードが怯えた目で彼に言う。相変わらずの人を責めるような口調にサーゲイルは苛立ちを覚えた。
 彼はそのウィザードの頬を裏拳でかるく打ち付けた。

 いつかの屈辱のおかえしのつもりだった。カリブルヌスが不気味に光る。

 ウィザードは殴られて姿勢を崩して、後方の花壇の角へと後頭部をぶつけると、小さくうめき声を上げてそのまま動かなくなった。

 「し、死んでる!」

 誰かが叫んだ。

 叫び声とともに逃げ出す観衆たち。一人が走り出すと、それは次々と連鎖となって、半ばパニック状態で群集は散り散りに消えていってしまった。

 一人取り残されたサーゲイルは死人の顔色で動かなくなったウィザードの横にかがみこんだ。

 彼はすこしも動かなかった。心臓も止まっている。

 「お、俺はなんてことを・・・」

 サーゲイルはその場を逃げ出して宿へと走り返った。
 顔にべっとりとついた血しぶきを拭き落とし、ベッドへともぐりこむ。訳が解らなかった。自分は英雄だったはず、それだというのに、群集の自分を見る目はまるで凶暴な肉食獣を見るかのようだった。

 自分は勝利者だ。自分は王者だ。尊敬されるべき存在のはずなのに。

 サーゲイルはそのまま部屋に篭っていた。

***

 数日後。

 再び仲間が彼を呼びに来た。最近引きこもっているサーゲイルを励ましてやろうと、彼を再びグラストヘイムへと誘いに来たのである。

 とてもそんな気分ではなかったのだが、ロナの明るい呼び声に反応してサーゲイルは起き上がった。

 惚れた女に弱いところは見せられない。今度こそ強い自分を見せてやる。そう思い、彼は再びカリブルヌスを手にとった。

 グラストヘイムでの狩りは好調だった。
 サーゲイルはカリブルヌスで、まるで収穫の刈り入れでもするかのように敵を切り倒していく。

 ある程度場所を決めて狩りをしていると、辺りに敵がいなくなった。
 すると、ガーラントは自分は敵を探してくるといって、ダンジョンの奥へと進んでいった。そしてダンジョンの中でロナとサーゲイルは二人きりになった。

 心臓がドキリと動く。

 これは、ガーラントが気を利かせてくれたのかもしれない。
 サーゲイルはロナの方を見た。

 「あ、あのさ・・・サーゲイル」

 ロナは少し恥ずかしそうに顔を赤らめて、上目遣いにサーゲイルを見た。
 なんとも言えぬ、息苦しいような心地よいような感覚に、サーゲイルは体を硬くした。

 「な、なんだ?ロナ」

 「実は・・・」

 ロナは恥ずかしそうに目線をそむける。
 いやがおうにも、サーゲイルの期待は高められている。すでに心臓は飛び出しそうなほどに弾んでいた。

 「実は・・・あたしさ、ガーラントと結婚する事にしたんだ。式には・・・是非来てね」

 ロナの言葉に凍りつくサーゲイル。
 自分がバカのように思えてきた。恥ずかしいやら悲しいやら、とにかく消えてしまいたいような思いである。

 頭を鈍器で叩かれたかのように、耳鳴りが鳴り響き視界は揺らめき、狭窄していく。

 「お、俺ちょっとガーラントの様子を見てくる」

 耐えられずに、サーゲイルはその場を後にする。
 泣き出しそうだった。自分は王者だ。勝利者じゃなかったのか。

 サーゲイルはカリブルヌスを握り締めた。だが、剣は何も答えない。

 ダンジョンの奥の角でガーラントと鉢合わせする。
 不思議そうにしているガーラント。彼は敵がいなかったと、肩をすくめて言った。その時、背後で絹を引き裂くようなロナの悲鳴が響いた。

 二人は互いに何も言わずに、はじき出されたように走り出していた。ホーリーライトの詠唱をすでに始めているガーラントに、カリブルヌスに力を込めて構えるサーゲイル。

 辿り着いてみると、一匹のイビルドルイドがロナを捕らえていた。

 「クックック。この娘はいただく」

 イビルドルイドの醜悪な声。
 彼はがっちりとロナを捉えていた。

 「ロナ!」

 ガーラントが叫ぶ。だが、二人があまりに近すぎて、うかつに手出しが出来なかった。

 「くそっ・・・どうすればいい」

 そう言ったガーラントの脇を、サーゲイルが通り過ぎた。

 「俺がやる」

 一撃でいい。一撃でイビルドルイドの頭を落とせばいい。そう思い、サーゲイルは歩み出た。
 「安心しろ。ロナは救う」

 大きく気合の雄たけびを上げ、サーゲイルはイビルドルイドへと飛び掛った。
 「俺を信じろロナ!」

 イビルドルイドの頭をめがけて、ロナを傷つけぬようにと慎重に白刃が振り下ろされたその時、二つの声が交錯する。

 かたや、ガーラントの名を呼ぶロナの声。
 かたや、ロナの名を呼ぶガーラントの声。

 そして、カリブルヌスが不気味に光る。

 絶叫とともに崩れ落ちるイビルドルイド。そして、驚きの表情のまま、切り離されたロナの上半身。

 血しぶきとともに倒れ、動かなくなったロナ。
 何が起こったのか、理解するのに時間を要した。

 誰も彼も声を失い、数秒の間、沈黙がその場を支配していた。

 「ロナァアアアアアアアア!」

 死体へとガーラントが駆け寄る。
 幾度となくその死体にリザレクションをかけるガーラントだったが、上半身と下半身を切り離されたような死に方では、とてもではないが蘇生は適わない。

 動かなくなったロナの上半身を抱き上げて、ガーラントは泣きながら、サーゲイルを睨みつけた。

 「貴様・・・」

 「お、俺は・・・」

 「ナゼだ!明らかにお前はわざとロナを殺した!嫉妬か!?そう、お前は昔からロナに気があるみたいだったしな。俺たちが結婚すると知って、手に入らないなら殺そうと思ったんじゃないのか!?ええ!?」

 詰め寄ってくるガーラントに、あとずさりするサーゲイル。

 「ロナはお前がいやらしい目で見てきてイヤだと常々言っていたぞ」

 「そ、そんなことは・・・」

 「殺したんだろう!わざと!」

 「そ、そうさ!俺はロナの事が好きだったさ!だけどな俺は彼女の幸せを祈っていた!たとえお前との結婚と言う幸せであったとしてもな!そんな事でロナを殺したりしない!み、見くびるな!」

 そう言って、サーゲイルは平手でガーラントの頬を打ちつけた。

 ・・・つもりだった。
 だが、その手にはいつの間にか、カリブルヌスが握られていた。不気味に光る刀身が、親友の首を跳ね飛ばすさまがサーゲイルの目に、焼きつく。

 血しぶきとともに切り離されるガーラントの頭。

 「うわああああああああああああああああ!」

 グラストヘイムの奥深く。男の絶叫がこだました。

***

 一人の男のうわさが流れた。
 その男は人斬りだった。

 仲間を殺したという疑惑をかけられ、やってきたプロンテラ騎士団の調査団を斬殺。

 その後、犯行を繰り返しながら男は世界中を転々とした。

 その地方地方で名を馳せていた剣の達人を次々と斬殺。

 事態を重く見て派遣された精鋭揃いの追っ手はことごとく斬り殺され、世界中に彼の名はとどろいた。

 剣鬼サーゲイル。

 彼は、逃避行の果てに再びグラストヘイムへと辿り着いた。
 一部の目撃者の言葉では彼は、俺を殺してくれ。俺を負けさせてくれ。俺に勝ってくれと叫びながら、羅刹の如き戦い振りでグラストヘイムの化け物を次々と切り倒していったと言う。

 

 そして、サーゲイルはグラストヘイムの騎士団前に立っていった。
 日の光すら厭わしく思えた。自分がどうしてここに生きているのか解らなかった。

 殺したくないのに自分は殺してしまう。

 勝ちたくないのに自分は勝ってしまう。

 「クスクスクス」

 いつか聞いた女の笑い声が聞こえた。黒いローブの女が、やはり城壁に腰掛けて自分を見て笑っていた。

 「どうかな?使いこなしているようだが?」

 サーゲイルは黙った。

 「何か不服でも?」
 女はひらりとサーゲイルの前へと飛び降りて、彼の無精ひげだらけの顎をそっと撫でた。

 恐れを知らぬかのような、その緑色の双眸がサーゲイルの目を捉える。サーゲイルはビクリと怯えたように肩をふるわせた。

 「俺は・・・」

 「何だ?貴方の望みは叶えられたはずだ?その剣を手にしてから今日まで不敗。違うかな?貴方こそ王者。望むならば世界の敵をすべて打ち倒して、王座につくことも出来る。いかなる者も貴方の命は奪えぬ」

 サーゲイルは黙っていた。
 その目にはやはり涙が浮かんでいた。泣き虫のこの男は、泣きながら血でどす黒く染まったカリブルヌスを女へと差し出した。

 こんなものは要らない。
 自分は、この剣のせいで愛する人を殺してしまった。

 思えば嫉妬もあったかもしれない。

 だが、それでも好きだった女の幸せは祈っていた。その幸せをもたらすのが自分ではないとしても・・・。

 しかし、自分はその女を斬り殺し、友までを斬り殺した。
 有無を言わさず襲いかかって来たプロンテラ騎士団の調査団も、まずは事情を説明しようと思って気絶でもさせようかと戦ったら、斬り殺してしまった。

 誰かに自分を殺して欲しくて、次々と名を馳せている猛者へと戦いを挑んだが、全て斬り殺した。追っ手も斬り殺した。

 モンスターも片っ端から倒した。

 それでも自分は、敗北を手に入れられなかったのだ。

 もう辛い。こんな生活はイヤだ。

 勝利などもう一生要らぬ。愛する人も友も手にかけて、俺は何をしたかったのだろうか。

 今はただもう、物言わぬ岩にでもなって世界から消えてしまいたい。

 男は号泣しながらそう叫んだ。

 「クスクスクス」

 女は胡散臭く笑った。

 「望みが適ったのに変なヤツだ。だが、特別だ・・・私はプロンテラ教区、特別異端審問官。あなたが不幸なら救いましょう」

 女は彼の手からカリブルヌスをとった。

 「物言わぬ岩になりたいのだな・・・」

 彼女は地面へとうずくまって泣いているサーゲイルに微笑みかけると、その丸くなった背中へと一息にカリブルヌスをつきたてた。

 血は出ない。

 そして、サーゲイルの姿は服ごと見る見るうちに灰色に染まっていき、あっという間に物言わぬ岩へと変わり果てた。

 「手に余る力・・・やはり不幸だったか」

 女は岩に突き立てられたカリブルヌスに一瞥くれてやると、ローブをひるがえしてその場を後にした。

 勝利も、何者にも負けぬ力も。この世界で一番になりうる力も。幸福は呼び込まなかった。
 勝利の約束は苦痛に過ぎなかった。最強の名は彼に何ももたらさなかった。

 「悲しいものだな・・・それでも人は力を求めるのだ」

 女の緑色の瞳は、ダンジョンから駆け出してきた若い騎士を見つめていた。